企業情報

420年紡がれた歴史-浮世絵、団扇、扇子から時代を見守る

会社名 株式会社伊場仙 
ホームページ 創業400年、日本橋の団扇・扇子・和雑貨の老舗-「株式会社伊場仙」 
住所 東京都中央区日本橋小舟町4-1 伊場仙ビル 
電話番号 03-3664-9261 
代表者名 吉田誠男 
代表者の趣味 アウトドアスポーツ(山登り) 
設立 1590年(天正18年)
☆創業420年です。
☆昭和9年3月 株式会社に組織変更いたしました。 
従業員数 10名 
事業内容 団扇、扇子、和紙製品の製造販売 
今後の事業展開
ビジョン
◆当社の持つ江戸時代当時の浮世絵を皆さまに披露したいと考えています。
(当社内にギャラリーを設ける予定です)
◆歴史的背景が深い日本橋の町を世界中の方に知っていただき、来ていただくための
街おこしプランを考えています。 
取引希望企業 ◆浴衣・きものなどの和雑貨として団扇・扇子を取り入れたい会社さま
◆ギフトとして使いたい商店さま
◆日本橋の街づくりに共感してくださる企業さま 

取締役社長 14代目 吉田誠男 

エージェントレポート
伊場仙さまのある日本橋は同じ通り沿いに創業200年を越える企業がずらりと門を構える歴史ある街。私たちの知る由もない江戸時代から、脈々と事業を継承されてきた様子が街並みにも表れている気がします。吉田社長は、伝統芸能のひとつ"謡"をされる、とのこと。伝統を継承される事業だからこそすべきことがあるとお考えなのではないでしょうか。穏やかであたたかな口調で丁寧に話をしてくださいました。

(取材者:石川 香苗子) 

経営者インタビュー

創業は江戸時代にもならない1590年。当初から今の事業だったのですか?
いえ、違います。今の事業になったのは江戸時代です。
本来は浜松で水辺の干拓や堤防工事など治水関連の工事を請け負っていました。
徳川家康が江戸に移るというので共に移り、江戸湾の埋め立てに関わります。
この頃を創業の年としていますが、本来はより以前から事業を行っていました。

その後工事の仕事は減っていき、商売を中心にするようになります。
17世紀後半ごろから、当時武家におろしていた和紙と竹を使った
「江戸うちわ」を考案。安くて大量に作ることができますし、浮世絵の木版画をいれて
庶民のあいだで大流行しました。浮世絵の版元としても有名になったのはこの頃です。

実は当社の浮世絵は、ゴッホ美術館や大英美術館に展示されているんですよ。
では、団扇や扇子は貴社が考案したもの…?
団扇(うちわ)と扇子(せんす)は、できた経緯も日本に入ってきた経緯も違います。
団扇は朝鮮半島から7〜8世紀ごろに日本に伝わったと言われています。
高松塚古墳の絵画にもあるように、高貴な方が日の光や大衆の視線から自分の目を守る
ものだったそうです。召使が持っていたのですが、とにかく重くてつらかったようです。
今から1200年位前、持ち運びしやすく、折りたたみできるようになりました。
その団扇を、スライスしてじゃぱらにしたのが扇子です。当時は桧づくりで"桧扇"(ひおうぎ)と言われてやはり、
宮中や神前で使われるものだったようです。

団扇そのものは中国から日本へ伝わって扇となり、
スペインやフランスの宮中へ輸出されていきました。
日本国内では"軍配"として、木を漆で塗り、指揮官が持つものとして活躍。
いずれにしても現在のように"あおぐもの"ではありませんでした。

そこを竹と和紙という身近なもので作り、涼を求める道具になったのは
当社が寄与しているかもしれません。
やはり、家業を絶やしてはならぬというプレッシャーは大きいのではないですか?
そうですね。私は28才で当社へ入社し、35才で経営をバトンタッチされましたから、
2010年で経営に関わって27年目になります。バブル崩壊など経済危機ももちろんですが、
戦災・震災などに備え、貯える術を知っていますので老舗は打たれ強いんです。
血よりのれんを選択するため、養子をたてて事業を守ることもありました。
事実、私の祖父は養子に来た人です。安政の地震では後継者が圧死したそうです。

関東大震災では店は燃えたが、自宅は残った。
一方、第二次世界大戦では自宅は燃えたが店は残った。
それから"住-勤"は離す、という方針になったそうです。
その他にも"二のつくものを持ってはならない"
(セカンドハウス、別荘、副業、二つ以上の事業を行わないなど)
など、420年歴史を紡いで来ることができた"知恵"がふんだんにあるのです。

私自身も、伝統文化を生業(なりわい)とする企業として伝統文化を学ぼう
ということで、能の"謡"(うたい)を学んでいます。
一見難しそうに見えますが、お話の筋とうたを把握すれば意外と簡単なんですよ。
今、力をいれている分野を教えてください。
新進作家と共同してオリジナルデザインの開発を進めたり、
日本と同じく団扇の文化があるスペインの企業と共同事業を行ったりしています。

現代の"和ブーム"に着目してもらい、世界的な学会で日本らしいお土産として
コペンハーゲンに環境大臣が持っていって下さったことも。
webサイトも、ご覧いただいて当社に来ていただくきっかけになればと思っています。
今後は、どのような事業戦略をお考えですか?
当社の団扇・扇子、といった部分にとどまらず、
国内外の観光客の皆さまに焦点をあてて、日本橋全体の活性化ができるように
街づくりをしたいと考えています。
日本橋には当社のみならず刃物の木屋さんなど、200年を超えて事業を続ける企業が多い。
江戸時代は商業の中心地として栄えました。

ですから、当社もかなりの数自社で刷っていた原画を持っていますが、
浮世絵を誘致して身近に立ち寄れるギャラリーのようなものも社内に作れればと
思っています。また、現代の日本と江戸の街並みを融合させ、
日よけののれんや行灯(あんどん)風の明かりを街に取り入れたりもしたいですね。
日本橋全体に、皆さまが来ていただき、街も当社も新たな歴史を紡いでいければと
考えております。

この企業と取引したい(この企業のホームページへリンク)